生まれ育った地元に住み続けたい、働きたい、そう思っていましたが、専門学校に通うために一度地元を離れました。パティシエを目指していましたが、京丹後市ではパティシエを活かせる仕事がないと思い大阪で就職をしました。
それでも地元に帰りたいという気持ちは捨てきれず、京丹後市に戻り別の仕事を始めました。そんな時に、地元の高校時代の先輩から、現在働く福祉の職場を紹介されました。そして、様々なタイミングが重なって、法人でカフェをオープンすることになり、担当として自分の前職であるパティシエの仕事が活かせる役割を任せていただいています。
はじめは障がいのある方に、一からお菓子作りを教えるのはとても大変でした。どうやったら分かりやすいか、作りやすいか試行錯誤の毎日でした。教え方を工夫していくと、少しずつですが、仲間(ご利用者)だけでお菓子が作れるようになりました。今は作るのに集中していますが、将来的には、「私が作ったからこのお菓子おいしいよ!」と仲間が胸を張って売ることのできるお菓子を作れるようになることが目標です。
そんな私も一児の母となりました。産休も育休も、「職場」の後押しがあり、十分にとることができました。職場が子育てを応援してくれているので、仕事もプライベートもとても充実しています。